全米ヨガアライアンス「E-RYT200」登録しました

こんばんは。

ヨガについての記事だけど、個人的なことなので個人ブログにしたためます。

*

ヨガインストラクターとして活動を始めて5年目に入りました。

まだ4年、もう4年?

いろいろなことがありました。

ただ、一切合切が猛スピードで過ぎたように感じています。

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この夏でお世話になったスタジオを離れるという個人的な節目を迎えるにあたり、ここ数年間のヨガ漬けの日々をふりかえり

ここから先の未来もきっと猛スピードで過ぎていく、それで良い、でも何かしらの形で記録を残しておきたいという自分の思いに気付きました。

全米ヨガアライアンスという、 世界で最も知名度の高いのヨガ協会があります。

日本でもヨガのティーチャートレーニングを開催しているスクールの多くが認定校を標榜しています。

サトヴィカのインストラクター達もRYTにより定められたトレーニングを修了しているため全員、申請資格を持っています。

私は、指導経験がほとんどないのに形だけの登録は意味がないと思い、ティーチャートレーニングコースを卒業してからしばらくは申請をしませんでした。

しかし、スタジオをオープンすることが決まった際、このシステムのお陰で認定校と、そして仲間達と出会いヨガインストラクターとして成長できたことを考えると、スタジオの代表として私だけでも登録をしておきたいと思い始めたのです。

昨年3月に登録をし、今年また更新。
申請したのは「RYT200」、認定スクールを卒業すれば誰でも登録可能です。

卒業から2年以上が経過し、指導時間が1000時間を超えると、E-RYT200という資格に更新することができます。

1000時間はとっくに超えていると気付きつつ…

そしてteaching hoursを更新したか?という英文のメールが届くたびに一体何時間分の指導経験が増えたのだろうと思いつつも計算をさぼっていました。

今回の節目を迎えるにあたり、 ようやく登録を完了しました。

それによって、私の指導内容など、何かが変化するわけではありません。

協会ににお金を払うか払わないかの違いだけじゃないかという考えもあるでしょう。

さまざまなことがあったこの数年間

体調を崩したりしてどんなにつらくとも、ヨガの指導をやめようと思ったことはありませんでした。

これからも、微力ながら川崎の片隅でヨガの普及に努めたいのです。

だから、お世話になった機関の認定インストラクターという肩書を購入しました。良いお買い物です。

プライスレス!

日本でE-RYT200を登録しているのは200人前後のようです。

http://www.yogaalliance.org/

↓認定証は自分でダウンロードして印刷するのがちょっと味気ないけど、現代的(笑)

私の指導時間は少なく見積もって1400時間です。

トレーニングのアシスタントに入った数100時間や、各種ワークショップは除きます。

継続的に週に2回90分のレッスンをしたとして月8回、年に96回

E-RYTに登録できる1000時間という条件を満たすには7年かかりますね。

もちろん、さまざまなライフスタイルに合わせて働けるという職業でもありますから、時間が多ければ良いというわけではありません。

でもね

とっても濃密な4年間でした。

すべての出会いに感謝しております!

加藤香耶 拝

| ヨガ | 21:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
my iron lung

少し前から右手の母指球が少し熱を持ってる。

東洋医学的には肺経だなあと分かる程度には経絡を学んでます。

左の肘も押すと少し響く。

 

肺と大腸に効くポーズをする。

ハタヨガのマツヤアーサナ、これを初めて習った時、一生このままでいたいと思うくらい(笑)

ウットリしたんだった。

 

*

 

突然「朝ごはんを作って食べたい」と思った今朝。

普段は、たいていフルーツをつまむだけ。コーヒーは必ず淹れて。

バイオリズムに合わせて、身体が穀物を求めればパンとハチミツもね。

包丁や火を使って調理をすることはそうそうないんだけど、今日はなんとなく。

 

ナスを切ってアクを抜く。

ソラマメを鞘ごとグリルしながら油を温めて、白菜を刻んでゆかりと合える。

ビーツをスライスして、真っ赤に染まったまな板を洗う。

ナスを揚げて煮びたしに。

穀物は摂らない。

 

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生ビーツにはワサビを少々

どれもこれもあまーい。


食後にコーヒーを飲みながらある機関の会報誌をパラパラめくっていたら「今月のツボ」というコーナーに「尺沢」が紹介されている。

あ、左肘の、響くのここだわ。これも肺経か。独り言を言いながら肘をぐいぐい。

 

次のページをめくると「ヴィシュッダチャクラ覚醒法クラス」の案内。

肺・大腸経に関連するチャクラ。チャクラはエネルギーセンター。

この日は仕事があるかないかまだわからないんだった。なかったら行こうかな。

値段を見て、勉強代の予算と照らし合わせて少し考える。行けそうだな。

 

必要な時に必要なメッセージが差し出される。

 

*

 

肺は悲しみの臓器。

「どうせ他人にはわかならいでしょう」と心を閉ざしそうになる時

ああまた「無駄に」理解されたいと思っちゃった。ってなんだかもやっとするんだけど

共感されたらホッとするのは当たり前なんだと、その想いは無駄じゃなくて当たり前の権利なんだと理解できるようになってきた今、ようやく心が氷解し始める。

 

私はとても共感しすぎるから

だから共感されないとどうなるか、その辛さも知る必要があったのだと

 

よくできてる。

 

不安定さはいつでも、山ほど持ってる

自然界は不規則で不安定、小宇宙である私たち人間も然り

 

同じような体験をしている方と共感しあいながら交流することができれば嬉しく思います。

 

*

 

And if you're frightened
You can be frightened
You can be, it's OK
And if you're frightened
You can be frightened
You can be, it's OK

 

my iron lung/radio head

| 日常 | 20:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
ボタニカルインスピレーション!

最寄り駅から30分の公園、バスもあるけどあえて徒歩で向かう。 やるせなかったことや、悲しかったことをぼろぼろこぼしながらのお散歩。
それはまるで禊!



すっかり浄化されたら仕上げに靴を脱いで、スカートを脱いで(ヨガ用レギンスは履いてるよ!笑)

朝の芝生はとても良い。
ほどよい湿り気、湧泉を通じて感じる大地のエネルギー。

心のスペースが広がるみたい。


たくさんハダシで歩いたり樹木に触れたりヨガしたり
通算3.5時間の恍惚。

目を閉じて屍体のポーズ、数分経って目を開けば、無数と思える木の葉の1枚1枚も愛してると思う。

*

ずっと共感されたかった!

家族にも、周りの人にも、ドクターにも

されなくたって、少し寂しいまま生きていけるけどね。

先日も書いた、自己免疫疾患はなりをひそめていたみたいで、でもそうじゃないって思わされていたようですよ。

ずっと訴え続けた「注射(免疫抑制剤)を使うとしばらく調子が悪い気がする」という私の主張に対してドクターは

「でも内臓の炎症には効いてますよね」と目を見ずに。共感されたかった!

確かに内臓はびくともしていなかったので、だからこそ、副作用を消す薬やその副作用を消す薬…どんどん薬が増えて、なんだかな。

でも、この薬を使わないと炎症が再燃しますよ、次に炎症したら最後ですよ、難病なんですよ、注射は続けましょう、脅かされるように説得されると

子どもたちの顔が浮かんで「はい」って言ってしまう。

代わりの薬を出してもらうこともできなかったから、勝手に注射をやめようとして離脱症状でヘロヘロになったり。

1年以上経って、先日あっさりとその薬をやめさせてくれたドクターは

「それは副作用だよね」「薬効いてないよ」

「内臓が炎症してないのは?」

「それはほかの飲み薬が効いてるんだね」「どうして〇〇先生は検査しなかったのかな」

知らないよー。そんな私にはわかんないよ。

あの時の直感を信じればよかったって泣けたけど

しっかり目を見て「薬使ってるのに痛いままなんて嫌でしょ。薬のせいで後悔もしたくないよね。」って声をかけられて救われた。

注射が売れないと製薬会社は困ってしまうものね。先生たちだって大変だよね。

皆の病気が治ったら困る人がいることは知っている。

でも弱みにつけこまれるのは趣味じゃない。

でもでも、そのおかげで私は東洋医学に興味を持って、ずいぶん経絡を感じられるようになったし、手当療法も習ってそれをお仕事に活かしてる。

病気とかドクターとか、いろんな出来事が起こりいろんな登場人物が現れて、ここに辿り着くまでまわりくどかったなー

何が誰が悪いなんてことはないのでしょう。

すごく痛くて、死んだほうがマシってこのことじゃないかと思った時に、薬出してくれて、お医者様が神様に見えたからね。

なんだかんだで超絶ポジティビティは健在です。

今後のためにセカンドオピニオンという言葉は頭にとめておこうと思うけど。

それはきっと病院に限らずです。

溢れる情報にかき乱されて混乱しないように

でも、直感と違う道に引きずり込まれる時は、いろんな人に意見を聞いたらいいのかもしれませんね。

思い込みの激しさは、時に危機管理能力を著しく低下させるから。

「こっちの道は違う気がする」って直感しても、自信がないからずるずる違う方にすすんじゃったり。

そしたら、時には手を引いて導いてくれる人たちに頼ってもいいんじゃない。

それも直感で!

| - | 21:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
難病との対等なお付き合い・その2

昨年出会ったハリエンジュ、今年も会いたい会いたいと思いながら時間が経ってしまって、先日やっと。

満開には少し遅かったみたいだ。

雨に濡れて、少し痩せたみたいに見える白い花。

甘い香り、夢みたい。

 

湿った土、小枝、朽ちて薄茶に変色した花びら

私が携帯しているのは子ども用の敷物と小さな折り畳み座布団だけ。

敷物からはみ出た洋服は雨を吸って濡れていく。

 

 

昨年までの私だったら顔をしかめていたかもね。

人は変わるのだ。

 

*

 

 

 

有名なモデルさんが皮膚病を告白したと話題になっているみたい。

ご自身のルクスが商売道具でありながら病気になることのつらさは想像がつかないけれど

病気と向き合う姿に勇気をもらいました。


病気の皆さまハロー
苦しんでいませんか?

私は最近また少しラクになりました。
以前は、病気があったり、ポーズが完璧にできない身体でヨガを教えてはいけないという思い込みが激しくって
なかなか前に進みませんでした。

ポーズだけがヨガではないとか
ある薬の、筋肉が低下する副作用に見舞われていること

言い訳だと思われるのがシャクで口に出さないようにしていましたよ
それと、わかって欲しい人にわかってもらえないことを辛いと感じていたことも。

どうせ健康な人にはわからないでしょうとふてくされそうになる時、たまにふと我に返り、なんのためにポーズをするのか!思い出すのです。
ヨガインストラクターは、ポーズを見せるだけが目的ではない。

私は、持病があると言っても今はヨガのレッスンをしたり好きなものを食べたりできる。
充分幸せです。

まだ足りないまだまだ足りない、今のままではダメだと思わせるように、今の世の中はできていると思うことがある。

 

このポーズができるようになりたいと思っていた頃、なんとか自分を変えようとして、たくさん心身を痛めつけた。

その時は、それしか変わる方法がないと思っていたから。

ヨガを始める随分前から、もともと少しの異変を抱えていた身体が悲鳴をあげて、のたうち回るほどの痛みに追い詰められ、いっそ気絶したいと思ったのは何年か前

 

ある意味、その日を境にまったく違う身体になった。難病の烙印を押された、まったく望んでいない身体に。

しばらくしてから淡々と練習を再開して、ある日それまでできなかったいくつかのポーズがスッとできるようになった。

あっけなかった。

 

でも身体は元通りにはならない。そもそも元通りってなんだっけ。

薬や副作用と闘いながら、信頼できる治療院に通い始め、東洋医学の力も借りて、本来の自分に戻す作業が始まった。

治療を受けながら、痛みや悲しみに勝てなくて、あとは自分が情けなかったり、涙って枯れないものだねと思うくらいたくさん泣いたし、泣くことも治療を受けるのに必要なのかなと気付いた頃には勝たなくていいのだと思えるようになっていました。

 

自分で自分を責めている

心がそうするから、身体もそうしているんだよって教えられて

 

自己免疫疾患は、自己の細胞を非自己と勘違いして攻撃する病気

「正常」だと「自己を攻撃しない」ものなのですね。ふむふむ。

私は私を責め続けていたから、身体もそれにならっただけ。

 

*

 

「あなたはどうしてヨガをはじめたの?」

「健康になりたかったから」

いつでも、それが私の答えです。

病気の自分はダメだと思っていました。

 

以前のブログ記事
病気でも元気です/難病との対等なお付き合い

今日のは、続編というか番外編でした。

| ヨガ | 00:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
見果てぬ夢は見ません

突然ですが、この場所で私のパーソナルな部分を赤裸々に語っているつもりはなくて

言いたくないことは書いてないし、人に言っちゃいけないようなことも書いてない(たぶん)

 

きっと、そんなの、普通のことだと思うのだけれど

それくらいのことで私は「嘘をついている」と思ってしまう程度に正直者です。

 

適当にやり過ごすとか、右から左に流すとかって、どうやるんだろ?

おそらくある程度真面目なんです(笑)

 

仕事でも家庭のことでも、なかなか自分のやっていることややってきたことにOKを出せない

なんとなく髪の毛を伸ばしたいと思って、伸びたらラフにまとめてあんなヘアスタイルやこんなヘアスタイルをやってみようと思うのだけれど

何か月も伸ばしている間のヘアスタイルに対して「伸ばしかけ」「中途半端」「未完成」「ぼさぼさ」そして「今は伸ばしかけだから、仕方ない」と思っていることに気づいて

「私はこの髪形をしたくてしている」「これが完成形」と思えるのは、ちょっと短めにキュッとまとめてもらっている時だなと気が付いたので

バッサリ切ってもらいました。

 

美容院で席に座ってから、美容師さんに「切ろうか迷ってる」と言って、決断するまでに15分くらいかかったけど。

 

肩下くらいまで伸ばした髪

最初は目標があったはずなのだけれど、途中でどこを目指しているのかわからなくなっていたな。

 

どこを目指しているのかわからなくてもいいこともたくさんあるけどね。

最初は明確だった目標を途中で見失うと、足元がぐらぐらする気がする。

足元は安定していたいのよ、単なる好みの問題だけど。

 

先日二子玉川のビルの高層階で食事をしていて、ふと窓の外に視線を移すと、多くの人が地面から何十メートルも離れたコンクリートの上を歩いているのが見えた。

少しぞっとした。

 

地球人なのに、地球から切り離されている。

アーシング!今すぐアーシングをー!と思ったけれど、かけ下りてハダシになる時間がなかったので、帰宅してからズドンと腰を下ろして瞑想をしました。

時間にして30分くらいだったかと思うけれど、目を開くといつもの景色が違って見えた。

 

ありがたいことです。

 

目標を見失いきったら(そういう日本語ある?)、新しく目標を作れば良いと思った初夏でした。

バッサリ。

 

| 日常 | 22:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
見えないナイフを抜く作業

家庭と仕事のバランスについて、働く母のだれもが一度は考えすぎてわからなくなったりしたことはあるのではないかと

私も例に漏れずで

いや働く前から、母親とはなんぞやということを考えすぎたこともありました。

娘を妊娠中、息子を母に預け切迫早産で入院した時に、いきなり引き離されたショックと、私に心配をかけまいと「息子くんは元気にしているよ」と言った母の言葉により

「息子には、私がいなくても良いのかな」とメソメソして

暇さのあまり、ヤ○ー知恵袋に初めて登録して悩み相談をしたのは今では笑い話だけれど

長期入院で軽くおかしくなってしまって

最後の方は、義母と息子が面会に来る幻覚を見たりしていた。

実際には息子は、私の留守中ずっと指しゃぶりばかりして、ほとんどお喋りをしていなかっというのが実情だったと後から知る。

そしてそこから1年半も経った頃に、病院の面会受付の入口を通りかかっただけで3歳近くなっていた息子が過呼吸を起こしたことで、彼の心の傷の深さをさらに知る。

「またお母さんが病院から帰ってこなくなると思った」なんて言うこともできないし、理解もしていないはずの3歳児。ただただつらい記憶だけがあったんだね。

その時も「私が悪いんだ」と思っていたと記憶している。

私が入院なんかしたから息子が傷ついた。

そして娘を産んで体調が絶不調になった頃、同じく不調に陥っていた夫からの「母親が使えないなら他人に頼むしかない」「できないならできる人に頼むしかないだろう」「病気って言えば育児を代わってもらえるんだからいいよな」と

「できない」「使えない」攻撃

私ができないから

私がほかのお母さんみたいに出歩けないから、義母がいれば私は要らない存在。

内臓の炎症を起こして自宅で動けなくなり、救急病院に行きたいと言った時も

夫には「あした仕事だから」と、寝ている幼児たちを見てもらうこともできないばかりか

迷惑そうにされて、救急車を呼んでもらうこともできなかった。

夜中、吐き気と痛みの波が引いたときに、母に朝方来て子どもたちを見てもらえるよう連絡してから、病院まで自力で運転して行って、医者に命知らずと呆れられたり。

自分を犠牲にする癖はいつからついたのか

人生において、自分自身を否定された覚えもないけど、肯定された覚えもなかった。

認められるという感覚が欠如していたので、認められようとして行動するのだけれどどうにもちぐはぐだったのだろう。

なんだかな、と思った頃にヨガに出会った。

私にとってのヨガは、はじめ、自分で自分に刺した見えないナイフを1本ずつ抜いていく作業だった。

それでもウッカリするとまた私は自分に牙を向ける。

それに気づいたらまた1つ1つ抜く。

先日、ああ!まだいっぱい刺さっていた!と、腕や足に刺さったナイフをいくつも抜くという夢を見た。

最近肝臓をいたわる「ひまし油湿布」を始めたのです。

だから夢で心もデトックスしてるのかな。

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息子2歳

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娘0歳

| ヨガ | 22:45 | comments(0) | trackbacks(0) |
星占いと獰猛な女神

若かりし頃は星占いの本はあまり好きではなかった、だって当たらないんだもん。


と思っていたけど


最近ではどんな本を読んでも大抵の場合は当たるのだ。


不思議!


昔から「リーダー気質」「組織に向かない」などのアウトローな感じや

あるいは「猪突猛進」とか突っ走る系のことが書かれていて

どっかでリーダーだったこともないし、やる気もてんで無いし、ふーんて思ってたけど

今になって、まあそれっぽい感じになってます。


sattvicaというスクール名を思いついたとき、satvikaというインド人の名前があることを知って

インドでお世話になったガイドさんに意味を聞いたら女神ドゥルガーのことだという。


それがどういう意味なのか。大仏、お釈迦さま、ブッダみたいな意味での別名なのかなんなのかよくわかないけど調べてみたら


ドゥルガー(wikipedia)


強そうだ…


ドゥルガー。トラに乗ってる破壊と殺戮の女神。獰猛だね!

自分を女神と言い張るほどテンション高くないけど
名は体を表すと言うしさ
スクール名にこれを選んだのは、何かしら意味がありそうです。
あとから意味がわかるのかもね。





スクールにトラはいません。

旧知の皆様もお気軽に遊びに来てください♪
| 日常 | 22:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
小休止 in nature

しばらく、ヨガインストラクターになってからのお話を書いていましたが

2014年からいろいろありすぎて何から話せば良いか混乱したので、いったん休憩。

 

*

 

素敵なドライフラワーをいただいて、天然酵母パンをお返しする。

物々交換は気持ちの交換。楽しいね。

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パンを焼けるか焼けないかが心の健康のバロメーターだったりする。

こねるのは機械だけど。

 

植物を慈しみながら生きていたいと思う。

野菜や小麦や茶葉もね。

自然に生かされている/自然の一部であることを忘れずにいたい。

 

私が育った埼玉の郊外は、クローバーしかなかったと記憶しているのに

それでも小さな花たちの名前を私はいくつも覚えている。

いつ覚えたのだろう。

 

ホトケノザはたいてい群生していて、これって「仏の座」なんだよねと思ったら

椅子がやたらたくさんあるみたいで笑ってしまった。

「仏がこんなにたくさんいるのかと思うと…」とクスクス笑ってたら

「みんなの椅子を用意してくれてるんだね」って優しい人が言った。

 

オレがオレがとたくさんの仏が座してる様子を想像したんだけど…笑

白木蓮は白うさぎがたくさんいるみたいでかわいい。

 

 

自然の中で、人間の悪意について考える。

河合隼雄先生の、ケルトについて書かれた本のことを思い出していた。

自然と共に生きたケルト人の「非言語的交流」

 

新月前のまとまらない雑記おしまい。

| 日常 | 23:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
糸の寿命/シャッペスパンとの別離

昨年引っ越しをして、要らないものをたくさん捨てて(間違っているものも捨てたりした)

手放す(なんかいろんなところで流行ってるからこの言葉を使ってみる)ものはもう何もないなと思ったのだけれど、いつか絶対使うはずと思って気づけば10年以上経ってしまった「シャッペスパン」(ミシン糸)の群れのことを今朝急に思い出した。
 

 

この木箱2つ分、色とりどりの糸が詰まっていて、空色、水色、ロイヤルブルー、藍色…3割くらいをブルー系がしめていた。

あとは赤、黄、緑、ベージュ、ピンク、パープル…黒とアイボリーはやたらたくさんあった。

ウール用の絹糸や、手縫い用のボタン糸、ロックミシン用の特殊糸、ジャージ素材用のニット糸、これ全部19の学生時代に買ったのじゃないかな、だとすると17年ものか…綿や絹の糸の寿命を、私は知らない。

でもきっと100年ではない気がする。

だから、写真の6個を残して、お直しの仕事をしている義母に全部託した。

「いつか使うんじゃない?」って言われてちょっとひるんだけどその時は借りに行くからと、未練を断ち切るかのように押し付ける。

製氷ケースに並んだボビンは、私の職業用ミシンじゃないと使えないから残しておく。

ボタンつけくらいはするから、手縫い糸も白と黒だけ残す。

 

チョコミントキャンディの缶にはピンクッション、ラズベリーキャンディの缶にはボタンが。

ドラえもんの小さな缶には手縫い針が何種類も入っている。

缶がほしくてお菓子を買っていたはたちの頃。

池袋パルコのソニープラザはまだあるんだろうか?

糸の調達先のキンカ堂はとっくになくなってしまった。ロックミシンの糸が安かったな。

 

糸代がバカにならないと、激安問屋めがけて日暮里へ行ったりしてたけど、交通費と羽二重餅代で節約になっていたなかったと思う。

 

*

 

何か月か前に子どもたちと青山を歩いていて、アレキサンダーマックイーンのショーウィンドウにくぎ付けになった。

黒地に赤い花柄のミニワンピース、10代になった娘に脳内で着せてみる。

フィロソフィーが透けてみえる服が良い。

程よい色気もあると良い(着る人の色気ではなく、服の色気)。

 

でもそのワンピースは、最新型のテレビが何個も買える値段だった。

そっか

そこで「作ろう」ってなるのか。って、ちょっと思ったんだった。

娘、ほしいなんて言ってないけど。

意外とすぐに、母に糸を借りに行くかもしれない。

 

お花は洋服みたいだと思う。

白い服着ないけど、白い花が好きだな。あと、ピンク。

でもたまにはこんな、第1&第2チャクラみたいな色もね。

| ミシン/手縫い | 23:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
自分のモノサシ

家族の朝食を作ってから朝風呂(あったまるだけ)

やや下品だけど、すんばらしい曲ばっかり流れるラジオ番組を聴きながら炊事家事。

スーパーに買い出しに行って、朝から昼食を作る。

デヴィッドボウイのシャツを着てnoodlesをBGMに、そしてわりとでっかい声で歌いながら料理する私を、それでも日がな1日働きながらご飯を作っているのだからと温かい目で見守る家族。

 

そのあと1つ目のレッスン。スタジオは今日も良い気に満ちている。

レッスンを終えてランチ、そのまま夕飯を作り(友達のレシピでブラジルのムケッカというトマトとココナッツのシチュー)、おもてなし用のおにぎりを握る。心をこめるのは忘れない。

ひと休みしてから2つ目のレッスン。今日始まったばかりの新しいクラス。

新鮮な気持ち。

 

またもや良い気が満ちたところで瞑想会がスタート。

いつも通り、とても良い。

 

毎日が流れるように過ぎていく。それはとても速いスピードで。

速くても落ち着いていられるならそれが私のマイペース。安定の不安定、高速の通常運転。

 

マイペースが高速なんです。

若かりし頃からの決め台詞。

それが良いとか悪いとかはどうでも良くて。良いとか悪いとか決めたくなる時もあるけど。

 

多くの人が、自分のモノサシでものごとを測り、それだけが正論かのように人に言ったりする。

私も含めて。
好きだったものを嫌いになったら、それが極悪みたいに思ったり言ったりすることもあるよね。

 

私は私のモノサシで、好きなものだけ測っていよう。

 

| 日常 | 21:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
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