all I need

あたし誰かに必要とされてる!って思いこんでる時は、必要とされたくて生きていたから


必要だよ!って言われないと不安になっちゃってもうダメ。という感じだった。


いつの話だか覚えてすらいないけれども。


今は勝手に、手足口が動いてやりたいことやってる。

やりたいことが多すぎて、欲張りなんじゃないかと思うことも多々あるけれども

必要とされてるかどうかは考えない。


今月から平日少し帰りが遅くなって、それを理由に子どもたちを学童に行かせてみたらお友達と遊べると言ってとても喜んでいて


「私たちがいるんだから預けなくったって…」「あなた今忙しいんだからお迎えくらい行くわよ」とやさしい義母に言われても

子どもたちにはお友達とも遊んでほしいし、忙しいからこそお迎えくらいは行きたいのだ。





一緒に歩けるのは今だけでしょう?


まだまだ暗い午後6時。

くっきりはっきりした月を眺めて「きれいだね」と言いながら帰る。

6時が暗いのはいつまでだろう?

朝の6時だって、ぼちぼち明るくなってる。


時折日の出に合わせて出かけるけど、暗い朝に川べりをはだしで歩く私たちを止める人は誰もいないよね。




夕方6時だと止められるような気がする。


ほとんど誰もいない時間に静かに歩くのが良い。

素の自分でいられる時間が今はとても大切。

素でいられないときは、猛ダッシュで逃げてしまう。

大人だから、迷惑をかけない程度にね。

| 日常 | 22:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
ヨガとハダシ、そして手作りパン
あけましておめでとうございます。

4時半前、川崎市の土砂災害警報の誤報(だよね?)に三度叩き起こされた元旦。

ちょうど良い時間に起こしてくれたね…
初日の出を見る(もちろんハダシで)予定だけど、ハダシ仲間との約束の時間まで少し余裕があるからアーサナで身体を起こす。

5駅分電車移動、ハダシで凍えてキャッキャしながら歩く私たちのアーシングロード
クローバーがアイスプラントよろしく白く縮こまってて、なんだかかわいい。


冬至の日よりも緋色が強いサンライズ
いつもは静かなこの場所も、元旦はさすがに人出があってにぎやか。


帰りの電車で、年に2回会うか会わないかの義兄が、いつかのお正月に、私の作ったあんパンを美味しいと何度も言ってくれたことを急に思い出す。
たしかパンを作り始めて間もなかった頃の話。
姪たちが来るまでにパン生地を仕込んで小豆を煮よう。


パンくらい買ったらいいのに。
節約と勘違いした義母から不憫がられる(笑)私のパン作り。



プラーナ入りのパンはそこらじゃ売ってないんだよ。
心の中で呟きながら、それでも焼きたてをあげればきっと喜ぶから、義母の分も丁寧に丸める。
一年の計は元旦にあり。
何も計画してないけど、たぶんそういうことだよね。

私は今年もヨガをして、ハダシで歩いて、誰かのためにパンを作るのでしょう。

*

誰かの作った型紙を使って洋服を作るのは得意だし好きだった。そのやり方は、私にとって、とても集中できた。
自分のオリジナルなスタイルを確立するのは苦手だしやりたくないと思っていたけれど、型紙を使いつつ少し変化をつけたらどこにもない服ができるのかもしれない。
ただひとつ間違えるととってもダサくなるか、誰にも理解されない形になる。
ダサくてもいいじゃんとは思わないのだ。
できる限りスタイリッシュでありたい。それはただの好みの話だけれども。
しかし私がスタイリッシュだと思う服が、そう万人ウケするものでもないということにも気づいた昨今。
わかる人にわかる、良い服を作れたらいい。
伝統と、好きを大事に。

ヨガのガイドとしてもそうありたいと、今は思う。
| - | 12:33 | comments(0) | trackbacks(0) |
FMラジオとマグノリア、そしてシューゲイザーfromアイルランド

ここ数年、interFMが私の音楽の情報源で
先日久々にこれは!という曲に出会いました。

mitskiというアーティスト
英詞で、内容はわからなかったけれども、音に身を委ねると勝手に情景が浮かんで来るような。


音源を買って歌詞を見てみた

You're The Sun,You've Never Seen The Night
But You Hear Its Song From Morning Birds
Well I'm Not The Moon,I'm not even a star
But Awake At Night I'll Be Singing To The Birds

あなたは太陽みたい
(中略)

私は月じゃないし、星でさえないの

随分前に好きだった、エイミー・マンに少し声の感じが似てるかなと思いながらぼんやり聴く。
エイミーのsave meという曲を思い出す。懐かしい。
それはトムクルーズが主演していたmagnoliaという映画のテーマ曲で、そういえば私はマグノリア(木蓮)、特に白木蓮の花が好きだ。
つい先日、木蓮のお香を買ってスタジオで炊くようになって、良い匂いがするねと度々言われるようになったところ。。。

日替わりで、睡蓮やチャンダン、イランイランの日もあるけど、マグノリアが好評なのは嬉しい。

そうやって色々なことがつながっていることがわかる瞬間、なんだか身体が軽くなるみたい。
マグノリアの花言葉を、そういえば知らないなと思って調べたら「自然への愛」

今の気分にぴったりだ。


ロックが好きなように見えないよねえとよくよく言われるのだけれど

中学生男子が好むようなハードロックやメタルはさっぱりわからないし

ロックの中でもかなり限定されたジャンルが好きなのです。

得意分野は80年代以降の日本のインディーロックと、90年代のUK/USインディーズ。そしてさらに細分化すれば轟音、中でもシューゲイザー。

アーティストをひとつに絞るとなればもんのすごく迷うけれども、思い入れという意味も含めて最後に残るのはいつも決まって

my bloody valentine

ダブリン(アイルランド)のバンドです。

音が凶悪狂暴すぎるので、youtubeのリンクを貼るのは自重しますが(笑)

なんでこんなに好きなんだろう。って聴くたびに思ってます。

血が騒ぐ理由なんて、知らなくて良いのかもね。


ドライフラワーが無性に好きな理由もわからない。

| - | 09:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
夜明け、そして太陽礼拝

朝5時前にすっきり目が醒める。
白湯を飲んで、お風呂に少しつかって
居間で、身体を目覚めさせる程度のアーサナを。
家族の朝食を用意しながら、イチゴを2粒洗って食べる。

洗濯機を回したりゴミ捨ても忘れずに
仕事着とバスタオル、濡れたミニタオルをバッグに押し込んで
午前5時40分に家を出て電車で5駅、少し前まで住んでいた街へ。

 

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夜明けの空はあんまりきれいで

こんなことが毎日起こっているのに、想像したこともなかった。

いや、想像くらいはしたのかな、でもね、なんだって百聞は一見にしかず、なのだ。

 

きれいだね

気持ちいい

 

そんな言葉しか出ない!そんな言葉でしか表せないことがもどかしくて

もっとなんかこう、この素敵な光景を表現する言葉があるはずだろう?と自問するのだけど

思いつかないということは、言葉、いらないのかもしれない。

 

日常と非日常がないまぜになる。
さっき洗濯機に洗剤を入れていた私と、いま夜明けの多摩川に映る木々に心奪われている私

別人みたいだなと思うけど、次の瞬間、そうでもないなと思う。

いろんな私が消えて、なんでも、どうでも良くなる。

それはそれは、とてつもない至福感。

 

ずっとこんな日々が続けばいいのにと思いながら

同時に、こんな日々が続かなくなること、変わることを恐れている自分に気づく。

 

嫌悪と渇望に執着しないように。

どこかで聞いた言葉が脳裏をよぎる。

 

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朝陽のエネルギーは思ったよりずっとずっとダイナミックで

頭がグワングワンした。

 

もうすぐ満月、胸がいっぱいになりやすい時期。

太陽(ハ)と月(タ)のヨガ。

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凍てついた大地の上で。

 

濡れタオルで足を拭いて靴を履く。

 

コーヒーを飲んで

いつも通り、レッスンをしにスタジオに行く。

見える景色が少し違うみたい。

 

いいね

とってもいい。

| - | 20:39 | comments(0) | trackbacks(0) |
病は気からと言われても。

巷に情報が氾濫していて、病は気からとか、病気の原因はストレスや食べ物、あるいはほかの生活習慣だとか

色々、色々、それぞれ根拠があるのでしょうが

 

わりとめんどくさい病気にかかったことのある、あるいは今かかっている皆さん

 

病気になってからそんなこと色々色々言われたって

今更どうにもできないよっ。て思いませんか。

 

私は何度か思いました。

生活習慣だって、当時は悪くなかった。

(昔は酒たばこやってたけど)

育児で疲弊していただけ。たぶん普通のレベルの疲弊です。

 

私が出会ったドクターたちは口を揃えて

なっちゃったものは薬で治しましょう。

ストレスためるなったって、今からストレス解消したって今の痛みを消せるわけじゃないんだから。

痛みをとるのが最優先。

 

そんなことを言っていました。

病気になった理由について言及されたり、責められたりすることはありませんでした。

 

痛みがあると冷静になれません。

 

数年前、私は痛い思いをしすぎて、その後もちょっとやそっとの痛みはあるのが当たり前になってしまって

普通じゃないレベルの痛みかどうかがわからなくなってしまいました。

だから、これはきついな。と思って病院に行ったときには

「なんでこんなに痛くなるまで来なかったのだ」「歩けるのが不思議だ」と言われるのです。

 

一般的には歩けないレベルの痛みでも動けるんだから、実は私頑丈なんじゃないか?とかわけのわからないことを思ったり。

痛みは冷静さを欠きます(2回目)。

 

「病気でどうつらいかは、あなたにしかわからない」

 

何度か出会ったその類の言葉は、私を安心させました。

誰かにわかってもらおうなんて、わかってもらえるなんて、思ってないもの。

 

たまにわかってもらえたことがわかる時があって、それは嬉しいけど。

 

私の病気は手足が痛くなることがよくあったけど、痛くなくなったときの喜びは半端ない(笑)

それだけで結構幸せだと思います。

 

その幸せのために病気になったのかもね。なんて思ったり。

痛みがわかるって、悪くないことですよ。

強がるつもりはないので、痛くて辛いことも数えきれないくらいあったことを書き添えますが。

 

感謝しています。

でも私、もう病気じゃなくてもいいな。そろそろお別れしたいところですが。

もう少し「幸せー!」って叫べるくらいじゃないと、お別れできないのかな。

テンション低いだけで、幸せなんだけどな(笑)

 

最近では、ヨガのポーズ中に瞑想しています。

本来、ポーズが深まれば自然と瞑想状態になると言われていますが。

ハードなポーズでは瞑想状態になる前に疲れてしまうこともあります。

穏やかなポーズで、自己の内面を見つめる時間。とても良い。

ハードなポーズも深まりやすくなりました。

 

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スフィンクスのポーズ

| ヨガ | 22:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
lust for life/愛がなくちゃね。

月の満ち欠けに、とっても身体が影響を受ける。

たまにどうにも動けなくなる時もあって、やだなーやだなーと思っていたのだけれど

なんでいやなんだろ?動けないなら動かなければいいんだわと気が付いた最近

動より静のヨガを深めてみたりして、それがすごく良かった。

動く瞑想。身体の流れをじっくり感じる。心の奥底の静けさを味わう。

見失いかけていた、自分のゆるぎない想いが見えてくる。

押し殺していたつもりなんかなかったのに、勝手に隠れてしまっていた本心を引っ張り出して向き合ったら、そこには愛しかなかった。

ただの情と愛情は別物なのだ。情は時に本音を見えなくする。そして私を傲慢にする。

 

 

我慢は体に良くない。ってよく聞くけど、どう良くないんだろうなーって思ってた数年前。

どれだけ心と体を壊しても、ストレスという言葉の意味がわかっていなかった20代の頃の話。

生きていること自体がストレスだったから、人生においてストレスじゃないことなど、ひとつもなかったのだ。

 

ただ、どんな時でも音楽だけは私を救ってくれた。

 

I've been hurting since I bought the
gimmick
About something called love
Yeah, something called love

 

Iggy Pop - Lust For Life

 

トレインスポッティングなつかしいな。

 

数日前に子どもたちが寝たあと、気の触れたよーなインディーノイズロックばっかり居間で垂れ流してたら

遅く帰ってきた夫に、この時間のために、BOSEのスピーカーつけたの?って夫に尋ねられましたが。

あんただって!うるさいの聴いてんじゃん!って思いつつ、人としてひどいかひどくないかで言ったら私の聴いてるものの方がひどいので、黙っておきました。

天井付けにしたBOSEのスピーカーは、主にinter FMのReady!Steasy!George!という番組を聴くために用意されました。

 

ここに貼ってるのは、ひどくない音。笑

 

すんごい好きだったお友達のバンド。元気かーい?

元気かーい?パート2

ラストライブ良かったな。

 

| 日常 | 23:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
加藤家の食卓簡単レシピ

明日は満月。

スーパームーンという大きな満月らしいですね。

満月が近づくと、私はおなかがすいて仕方がありません。

 

昨日は我が家でパン教室を開催しました。あんぱんたくさん食べましたー。

次回はあんこから手作りしたいところです♪

 

最近作ったお料理で、好評だったレシピいくつか。

料理は毎日のことなので、難しいことは絶対しません。

生春巻きやハンバーグでさえ、私の中で難しいもののひとつです(笑)

 

いずれも調理時間10分弱!

 

■ココナッツミルクススープ(調理時間10分)

スープとココナッツミルク3:2くらい。

(200mlのココナッツミルクがあるなら、スープは300mlで。)

 

,湯に野菜ブイヨンや鶏がらだしをくわえてスープを作る。

↓,離后璽廚婆邵擇鬚罎任襦

例:いんげん、まいたけ、白菜、しめじ、にんじん、玉ねぎ、パプリカ等

わりとなんでも合います。パクチーとの相性抜群。

L邵擇鵬个通ったらココナッツミルクをくわえてひと煮たちさせる。

※吹きこぼれやすいので注意!

ぅ淵鵐廛蕁次塩コショウをくわえて調味。

 

■バニラ風豆乳アイス(調理時間10分)

〕顳海+砂糖50gくらい ホイッパーでよく泡立てる

↓,縫丱縫薀咫璽鵐此扮嫋タイプが便利)かバニラエッセンスを加えてよく混ぜる

Fζホイップ200mlを角が立つまで泡立てる

き△鉢をヘラなどでさっくり混ぜて冷凍庫へ(私はボウルのまま冷凍します)。

ィ音間くらい経ったらもう一度よく混ぜる。

※豆乳ホイップを生クリームに変えれば、普通のバニラアイスになります。

 

■タイカレー(調理時間5分)

.織ぅレーペーストを炒める。

▲灰灰淵奪張潺襯、スープを加えて煮立てる。

F、野菜を加えて少し煮込む

 

オススメの具

グリーンカレー→いんげん、なす、たけのこ、ふくろたけ、海老か鶏肉

イエローカレー→かぼちゃ、ヤングコーン、いんげん、きのこ類、里芋やじゃがいも、鶏肉

 

*

 

どうしてそんなこと言うの?

どうしてそんなことするの?

 

私の中のエゴがむくむくとふくらんで、そんな風に寂しくなる時も少なくない。

かわいいはずの子どもたちにだってそう思ったりする。

 

生きていれば、そうやって毎日色々なことがあるけれど

気分が晴れないときでも

美味しいものを食べていれば、その時たいていのことはどうでも良くなるし

お風呂で、灯りを落として、精油をたらしたキャンドルなんか炊いてぼーっとしていても同じ

テラスで星を眺めたり、好きなヨガのポーズを深めたりするのも、そう。

 

そして美味しいものを食べられなかったり、何か月もお風呂に入れなかった時のことをふと思い出す。

やわらかな思い出。

 

今私がいる場所は、とても静かで、いいところ。

 

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来賓に、ふつーすぎるご飯を食べさせるの巻。

| 料理 | 22:49 | comments(0) | trackbacks(0) |
弱さを認める強さ/委ねるヨガ

体調不良の中はじまった年子育児に疲弊して、ありとあらゆる病院をはしごしていた頃

育児の一部を人に任せて外に出なさいという方々からのアドバイスに従い、子どもたちを保育園に預けて派遣の仕事を始めることになって、これで救われるのではないかと思う反面、不安で仕方ない一面もあって

でも心の暗闇が白み始めるのを確かに感じたのでした。

 

カゴの中にしかいたことのない鳥は、カゴの外の景色を知らないから出たいと思わないのではないか。

でも、カゴの中で衰弱していくのを感じる時、はじめて外の世界に気持ちが向くのかもしれない。

大人になってから自分の常識が覆されるのは怖いと思うこともあるだろうし、自分のよく知った世界でぬるま湯につかっていたいと思うときもある。

ところがぬるま湯が水みたいに感じるようになることもあるはず。それならば温めなおそうと懸命になるよりも、あらたなぬるま湯を探しに行けばいいのではないのかな。

 

*

病気の経験をあきらかにしたことから、ヨガをされている方の中でも同じ経験を持つ方、今されている方とコンタクトをとる機会がぐっと増えました。

「話が通じるかも」と連絡をもらえること自体に心が温まります。

 

食べ過ぎて腹痛を起こすことは誰にでも起こり得ることです。季節の変わり目に風邪をひく人はたくさんいます。

生きていれば、ほかにも様々な不調が私たちを襲うでしょう。

「ヨガをやっているのに、こんなことでは…」「そんな自分がいやになる」「どうしたら良いか」

そういった相談、実はよく寄せられます。

 

ヨガを深く学んだ人こそ、ヨガの教えにがんじがらめになることもあると思います。

でも、誰だって完璧ではありません。
 

ヨガをやっているから、こうしなければいけない。身体も心も強くしなければいけない。

そんな風に苦しまないでくださいね。

自分の弱さを認めるという強さも、あるはずです。

 

ヨガの教えは、とてもやさしいのです。

心穏やかでいられる生き方を、されてくださいね。

 

スタジオにて、ありのままを受け入れるスタイルの「ディープリラックス」クラスを、年明けより始めようと目論見中。

「委ねる」ことを主旨とします。

後日スタジオのHPにて正式発表します。楽しみ〜♪

 

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ゆだねる心地よさを体現しました…

| 日常 | 22:55 | comments(0) | trackbacks(0) |
yoga lifeというよりyogaはlife

私が一途に、ひとつの方向を向いて知識を深めたり、実践をし続けたりしたことはいまだかつてあまりなかった。

ヨガとアーシングは私のライフワークだと先日触れた通りで、このふたつを除いては、ということになるけれど。

 

ヨガは、実はひとつのヨガしか知らないのだけれど。

ヨガとは、アーサナだけではなくて、人生そのものであって、でもヨガを教えるためにはアーサナのレッスンをする場所はもちろん必要だと思ってスタジオを作ったのだけれど

 

スタジオ設立にあたってこだわったことのひとつは「ソファやテーブル、お茶類を置ける受付スペースがあること」だった。

かつてこよなく愛していた場所があって、今はもう様変わりしたのだけれど、私が行くのを楽しみにしていた場所

そこに漂う穏やかな気(プラーナ)、静かで優しい時間を過ごすのが本当に好きで、再現したいのだと、サトヴィカのスタジオを設計してもらっている途中でふと気づいた。

 

かつて薬漬けでふらふらだった私でも、ここにいても良いのだという安心感。通ううちに元気になって、嬉しかったな。

 

ヨガもアーシングも治療目的でするものではないけれど、ヨガで誰かの人生が変わるのを何度も見てきて、私は、いまいる場所でもっと、たくさんの人と関わっていきたいと思う。

 

どんな形でも良い。

 

| ヨガ | 22:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
神秘、余白、妖精、天使、佐野洋子など

10代の頃「神秘的」というイメージに弱かったことが、そういえばあったなあと思い出して

まあでもアイデンティティ形成に影響を与えるほどではなかったような気がする。

ヴィジュアル系のバンドが好きで、耽美、ゴシック、デカダンス…

そういった類の芸術に興味はあった。妖精や天使のモチーフが好きだった。

同時に荒っぽいロックも好きだったりしたのだけれど。

ロック(私の言うロックはUK/USのインディーもの)は「その時にしか鳴らない音」があるのが、良い。

巨額の製作費をかけて録音された、売れ線の音楽の完璧さや整い方も、まあ美しいと思うけれど。

余白が無いな、って。

人間的な、エラーみたいの、ほしい。

私はなぜギターのハウリングがこんなに好きなのか、わからないけれど

聴く人が聴けばただのノイズ、それが心地よいのは、たぶん、本来カットされてしかるべき音だから。温かいと感じる。

その「余分」な部分こそ、人間がひとりひとり違うことの証しなのではないかと思えるのです。

レッスンで「ヨガの哲学をベースにした小話」をお届けして数年。

余白がなければ小話が生まれない。人間だからこそ起こるエラーが、私たちを成長あるは退化(どっちでもいい)させる。

エラーのない状態については、本で読んで学んで、おおむね理解しているけれど。

ヨガのゴールが解脱だとしても、私は解脱したことがないから、解脱した話はしないのだ。

だから解脱について思いはせてあれこれ語るよりも、その解脱してない自分のまま伝えられることをたくさん伝えていきたい。

未完成で不完全に聞こえる音楽が好きなように、不完全だからこその人間らしさが、好きです。

完璧(に見える)な人にもあこがれるし、すごい人も好きだけど、そうじゃない人もみんな好き。

自分を傷つける人をすんなり受け入れることまではできないけどね。

どんな時でも、あんなことされて傷ついたー!なんて言うまいと思っていた。

「私、気にしてない」「鈍感だから」

弱さのあまり、強さにあこがれて傷ついてないふりばかりしてきた。

すごく敏感ですぐ傷つくんだ!

声に出して言えるようになったら「いつでもサポートするから」「いつでも相談しなさい」

方々から、いろんな声がするようになった。

弱さを認めたら、滅多なことでは傷つかなくなった。敏感ではあるけどたぶん繊細ではなかったのだ。

悩みの種だった敏感さも、受け入れられるようになった。

ふと、はだしで野山を歩いていて、敏感さ全開している時、私には自然界の精霊が味方についているのかなと思った瞬間があった。なぜかわからないけれど。

これまでイメージが好きなだけで、まったく興味のなかった、神秘的な「パワー」も信じるようになった。

そして急に、10代の頃に好きだった妖精の本を引っ張り出したり、妙なバイブルを買いあさったりしてみた。

期待どおり、妖精もエンジェルもぜんっぜんかわいくないの。

20年前に読んだ本は、食べ物が出てくるところしか覚えてなかった。。。

佐野洋子のエッセイにもそんなことが書いてあったような。

大先生と一緒にするのはなんだけど。

iPhoneImage.png

そして「100万回生きたねこ」は解脱の話じゃない?って言っちゃうと野暮だけど。

あの余白はすごいよね。って思ってます。

| | 23:18 | comments(0) | trackbacks(0) |
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