共感と拒否が似ているように見えること

前回記録した、外部とのつながりを断つこと

それはあくまでも「外部」とのつながりを断つことであって、すべてのつながりを断つことができないことを知る術。

すべてはつながっているので、つながってないと思ってもつながっているので

わざわざつながりにいく必要がなくて

必要以上に目に見えるつながりを感じる時は疲れるから、強制的に断ちたくなるということ。

共感しやすい=つながりやすければ、より一層。

目に見えない次元の話に興味が向いていなかったころから、人の多い場所でぐったりするとかは昔からあったけれども

環境や人の影響を受けていると思っていても、それは共感じゃなくて、自分に「わからない」あるいは自分と「違う」人のことを、ただ拒んでいただけということにも気づいたりした。

私の場合はそうなっていた理由は経験の浅さ。

そのあと、たくさんのたくさんの人達と出会って別れて、だんだんと自分のように思える人ばかりになってきたころ

人の痛みを自分の痛みのように思うように。

それが、共感し過ぎて辛さをうむのは、目の前の人とつながってるから。

高い次元とつながることが大事だと、アーシングが私に教えてくれた。

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それは、植物でできた布や鉱物に熱中することであったり

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大地の恵みを感謝していただくことでもあると思う。

「邪気をもらう」という言葉も聞くけれども

もしかして今そうなのかな?と思う時は、環境や人とのつながりを拒んでいる時なんだなと、思っています。

それはとても苦しいしつらい。

人を拒んだり嫌ったりするエネルギーは手放したい。

いつでもくつろいでいられたらいい。

| 日常 | 13:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
2度目のヴィパッサナー瞑想センター/ハンドメイドの日々

2年半ぶりに千葉のヴィパッサナー瞑想センターへ行きました。

10日間コースを受けたのは2014年の年末から2015年の年始にかけて。

※当時のブログはこちら

 

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電車で行く気まんまんだったのだけど

・1泊のわりにシーツなどの荷物が多い

・13:05茂原発のバスに乗ればバス停に迎えに来てくれるとメールに書いてあったけど、確認の電話をしたらコースは17:00からと言われた(いろいろ心配)

・アクアラインを走ってみたい

 

そのような理由で、車往復を採用。

結果、思った以上に早くついて、こんなに近いなら毎月でも来られるのでは…!と、着くなりひとりでザワザワしてしまいました。

千葉の県道沿いは竹林が多くて、来たことのない場所なのになんだか懐かしかった。

 

3歳だったのか?今でいうプリスクールに通うため、母が幼児椅子に私を乗せて、竹林の間を自転車で送ってくれたのではなかったか。

それはもちろん生まれ育った埼玉の記憶なのだけれど、千葉でそれを急に思い出した。

 

なぜかめくるめくノスタルジア

 

*

 

センターについて、受付を済ませる。

案内された部屋は前回と違って個室!第一の驚き。

奉仕をできると聞いて楽しみにしていたのだけれど、人数が足りているらしく手持ち無沙汰…

そういえば少し疲れてるかもと気付いて、シャワーを浴びる。

前回は氷点下近い気温で、ほぼ外という感じのシャワー室で凍えたので、もう、普通にシャワーを浴びてさっぱりして、それだけで幸せの絶頂(笑)

食事も相変わらず優しくておいしいし、月も星も嘘みたいにきれいで、なによりも周囲に気を遣うどころか喋らなくて良いし(正確には、喋ってはいけない)

朝は張りきって3:30に起きて明け方の空気を吸った。

早朝のメディテーションが終わって、食事を済ませ、休憩時間にはここぞとばかりにアーシング。

 

電子機器類はもちろん、本もペンも持ち込めないから、アーシング以外することないじゃん!って

前回はアーシングを知る前だったし冬で凍えていたのでそれどころではなかったけど、蒸気となって立ち込める朝露にむせ返りそうになりながら、その幻想的な光景を眺めてこんなに幸せで良いのだろうかとぼんやりする。

 

瞑想中は、決して幸せなばかりではなかった。

心の奥底にひそむ見たくないものが顔を出しそうになり、仕事のことなど、その時考えなくても良いことに次々に思考を巡らせてしまってぐったり。

見たくない何かから逃げてるな、と気付いてさらにぐったり。

 

坐るたびに消耗して、30分くらいで持たなくなりベッドに倒れこんでひたすら寝る。

こんなに寝られるものなんだなと思うくらい寝る。

 

*

 

いろいろなものや人とつながりやすい、何にでも共感しやすい、それはある意味とても生きにくいこと。

つながりを断つのに瞑想修行はきっと最適

 

縫物をはじめるとわき目もふらず、水分もとらず、汗もそのままに、おかしな姿勢で何時間もミシンやアイロンを使ったり

手芸もしかりで、音楽が止まっても気にしない、誰とも口を聞かない、周りが見えなくなる、本当に寝食を忘れる

私はそうして自分を保つために、強制的に外部とのつながりを断っていたんだね。

 

どうして喋る仕事してるんだろ?

今までは作りたいものを作れなかったからでしょ、作ればいいんだよ。

 

良きアドバイザーが言う。

 

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日暮里で買った麻のパンチングクロスでワイドパンツ

楽しくてもっと作りたくて、近所の手芸屋に行ったらメーター5〜6倍くらいの値段で、買えなかった。

 

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あまり布で、布ぞうりを編み始めた。

面白い。

 

さあ、とにかく私はなにかを作りましょう。

| 日常 | 21:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
my iron lung

少し前から右手の母指球が少し熱を持ってる。

東洋医学的には肺経だなあと分かる程度には経絡を学んでます。

左の肘も押すと少し響く。

 

肺と大腸に効くポーズをする。

ハタヨガのマツヤアーサナ、これを初めて習った時、一生このままでいたいと思うくらい(笑)

ウットリしたんだった。

 

*

 

突然「朝ごはんを作って食べたい」と思った今朝。

普段は、たいていフルーツをつまむだけ。コーヒーは必ず淹れて。

バイオリズムに合わせて、身体が穀物を求めればパンとハチミツもね。

包丁や火を使って調理をすることはそうそうないんだけど、今日はなんとなく。

 

ナスを切ってアクを抜く。

ソラマメを鞘ごとグリルしながら油を温めて、白菜を刻んでゆかりと合える。

ビーツをスライスして、真っ赤に染まったまな板を洗う。

ナスを揚げて煮びたしに。

穀物は摂らない。

 

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生ビーツにはワサビを少々

どれもこれもあまーい。


食後にコーヒーを飲みながらある機関の会報誌をパラパラめくっていたら「今月のツボ」というコーナーに「尺沢」が紹介されている。

あ、左肘の、響くのここだわ。これも肺経か。独り言を言いながら肘をぐいぐい。

 

次のページをめくると「ヴィシュッダチャクラ覚醒法クラス」の案内。

肺・大腸経に関連するチャクラ。チャクラはエネルギーセンター。

この日は仕事があるかないかまだわからないんだった。なかったら行こうかな。

値段を見て、勉強代の予算と照らし合わせて少し考える。行けそうだな。

 

必要な時に必要なメッセージが差し出される。

 

*

 

肺は悲しみの臓器。

「どうせ他人にはわかならいでしょう」と心を閉ざしそうになる時

ああまた「無駄に」理解されたいと思っちゃった。ってなんだかもやっとするんだけど

共感されたらホッとするのは当たり前なんだと、その想いは無駄じゃなくて当たり前の権利なんだと理解できるようになってきた今、ようやく心が氷解し始める。

 

私はとても共感しすぎるから

だから共感されないとどうなるか、その辛さも知る必要があったのだと

 

よくできてる。

 

不安定さはいつでも、山ほど持ってる

自然界は不規則で不安定、小宇宙である私たち人間も然り

 

同じような体験をしている方と共感しあいながら交流することができれば嬉しく思います。

 

*

 

And if you're frightened
You can be frightened
You can be, it's OK
And if you're frightened
You can be frightened
You can be, it's OK

 

my iron lung/radio head

| 日常 | 20:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
見果てぬ夢は見ません

突然ですが、この場所で私のパーソナルな部分を赤裸々に語っているつもりはなくて

言いたくないことは書いてないし、人に言っちゃいけないようなことも書いてない(たぶん)

 

きっと、そんなの、普通のことだと思うのだけれど

それくらいのことで私は「嘘をついている」と思ってしまう程度に正直者です。

 

適当にやり過ごすとか、右から左に流すとかって、どうやるんだろ?

おそらくある程度真面目なんです(笑)

 

仕事でも家庭のことでも、なかなか自分のやっていることややってきたことにOKを出せない

なんとなく髪の毛を伸ばしたいと思って、伸びたらラフにまとめてあんなヘアスタイルやこんなヘアスタイルをやってみようと思うのだけれど

何か月も伸ばしている間のヘアスタイルに対して「伸ばしかけ」「中途半端」「未完成」「ぼさぼさ」そして「今は伸ばしかけだから、仕方ない」と思っていることに気づいて

「私はこの髪形をしたくてしている」「これが完成形」と思えるのは、ちょっと短めにキュッとまとめてもらっている時だなと気が付いたので

バッサリ切ってもらいました。

 

美容院で席に座ってから、美容師さんに「切ろうか迷ってる」と言って、決断するまでに15分くらいかかったけど。

 

肩下くらいまで伸ばした髪

最初は目標があったはずなのだけれど、途中でどこを目指しているのかわからなくなっていたな。

 

どこを目指しているのかわからなくてもいいこともたくさんあるけどね。

最初は明確だった目標を途中で見失うと、足元がぐらぐらする気がする。

足元は安定していたいのよ、単なる好みの問題だけど。

 

先日二子玉川のビルの高層階で食事をしていて、ふと窓の外に視線を移すと、多くの人が地面から何十メートルも離れたコンクリートの上を歩いているのが見えた。

少しぞっとした。

 

地球人なのに、地球から切り離されている。

アーシング!今すぐアーシングをー!と思ったけれど、かけ下りてハダシになる時間がなかったので、帰宅してからズドンと腰を下ろして瞑想をしました。

時間にして30分くらいだったかと思うけれど、目を開くといつもの景色が違って見えた。

 

ありがたいことです。

 

目標を見失いきったら(そういう日本語ある?)、新しく目標を作れば良いと思った初夏でした。

バッサリ。

 

| 日常 | 22:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
星占いと獰猛な女神

若かりし頃は星占いの本はあまり好きではなかった、だって当たらないんだもん。


と思っていたけど


最近ではどんな本を読んでも大抵の場合は当たるのだ。


不思議!


昔から「リーダー気質」「組織に向かない」などのアウトローな感じや

あるいは「猪突猛進」とか突っ走る系のことが書かれていて

どっかでリーダーだったこともないし、やる気もてんで無いし、ふーんて思ってたけど

今になって、まあそれっぽい感じになってます。


sattvicaというスクール名を思いついたとき、satvikaというインド人の名前があることを知って

インドでお世話になったガイドさんに意味を聞いたら女神ドゥルガーのことだという。


それがどういう意味なのか。大仏、お釈迦さま、ブッダみたいな意味での別名なのかなんなのかよくわかないけど調べてみたら


ドゥルガー(wikipedia)


強そうだ…


ドゥルガー。トラに乗ってる破壊と殺戮の女神。獰猛だね!

自分を女神と言い張るほどテンション高くないけど
名は体を表すと言うしさ
スクール名にこれを選んだのは、何かしら意味がありそうです。
あとから意味がわかるのかもね。





スクールにトラはいません。

旧知の皆様もお気軽に遊びに来てください♪
| 日常 | 22:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
小休止 in nature

しばらく、ヨガインストラクターになってからのお話を書いていましたが

2014年からいろいろありすぎて何から話せば良いか混乱したので、いったん休憩。

 

*

 

素敵なドライフラワーをいただいて、天然酵母パンをお返しする。

物々交換は気持ちの交換。楽しいね。

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パンを焼けるか焼けないかが心の健康のバロメーターだったりする。

こねるのは機械だけど。

 

植物を慈しみながら生きていたいと思う。

野菜や小麦や茶葉もね。

自然に生かされている/自然の一部であることを忘れずにいたい。

 

私が育った埼玉の郊外は、クローバーしかなかったと記憶しているのに

それでも小さな花たちの名前を私はいくつも覚えている。

いつ覚えたのだろう。

 

ホトケノザはたいてい群生していて、これって「仏の座」なんだよねと思ったら

椅子がやたらたくさんあるみたいで笑ってしまった。

「仏がこんなにたくさんいるのかと思うと…」とクスクス笑ってたら

「みんなの椅子を用意してくれてるんだね」って優しい人が言った。

 

オレがオレがとたくさんの仏が座してる様子を想像したんだけど…笑

白木蓮は白うさぎがたくさんいるみたいでかわいい。

 

 

自然の中で、人間の悪意について考える。

河合隼雄先生の、ケルトについて書かれた本のことを思い出していた。

自然と共に生きたケルト人の「非言語的交流」

 

新月前のまとまらない雑記おしまい。

| 日常 | 23:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
自分のモノサシ

家族の朝食を作ってから朝風呂(あったまるだけ)

やや下品だけど、すんばらしい曲ばっかり流れるラジオ番組を聴きながら炊事家事。

スーパーに買い出しに行って、朝から昼食を作る。

デヴィッドボウイのシャツを着てnoodlesをBGMに、そしてわりとでっかい声で歌いながら料理する私を、それでも日がな1日働きながらご飯を作っているのだからと温かい目で見守る家族。

 

そのあと1つ目のレッスン。スタジオは今日も良い気に満ちている。

レッスンを終えてランチ、そのまま夕飯を作り(友達のレシピでブラジルのムケッカというトマトとココナッツのシチュー)、おもてなし用のおにぎりを握る。心をこめるのは忘れない。

ひと休みしてから2つ目のレッスン。今日始まったばかりの新しいクラス。

新鮮な気持ち。

 

またもや良い気が満ちたところで瞑想会がスタート。

いつも通り、とても良い。

 

毎日が流れるように過ぎていく。それはとても速いスピードで。

速くても落ち着いていられるならそれが私のマイペース。安定の不安定、高速の通常運転。

 

マイペースが高速なんです。

若かりし頃からの決め台詞。

それが良いとか悪いとかはどうでも良くて。良いとか悪いとか決めたくなる時もあるけど。

 

多くの人が、自分のモノサシでものごとを測り、それだけが正論かのように人に言ったりする。

私も含めて。
好きだったものを嫌いになったら、それが極悪みたいに思ったり言ったりすることもあるよね。

 

私は私のモノサシで、好きなものだけ測っていよう。

 

| 日常 | 21:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
Better LIVE than dead

ちょうど1週間前に出会った木蓮の枝

あっと言う間に開花して、あっという間に散ってしまった。

「しまった」ってまるで咎めるかのような物言いだけれど

それは人間である私から見て「あっと言う間」というだけで、木蓮にとっては通常運転なわけで

 

何が言いたいかというと、淋しいなあって、それだけです。

甘い香りが残る花弁は、今夜バスタブに浮かべるね。

またどこかで会いましょう。

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娘との会話。

 

お母さんこれなに。

木蓮の枝。さっきまでお花がいっぱいだったの。

どこでもらったの?

武蔵小杉で買ったの。

ひとめぼれ?

…そうだね

 

私が、お花や洋服などの、買わなくても生きていける何かを買ってくると「ひとめぼれ」とひとくくりにされる。

鉢植えや切り花やドライフラワーを連れて帰ってくるたびに。

たぶんこれまでに「なんで買ったの」って聞かれて、「ひとめぼれ」って答えすぎたのだ。

でも、好きになっちゃったんだから仕方ないじゃないのよ。ねえ。

ほかに説明のしようがない。

なんで好きになったのかって、あんまり考えない。

 

土足で他人に心の奥底まで踏み込まれること、そんなに嫌いじゃないけど

土足の靴の種類によって「その靴は私の趣味に合わないから、土間にあがって欲しくない」みたいな

だれにも理解されない謎のこだわりがあるような気はする。

なんでその靴が嫌いなの?って聞かれても説明できない。

謎のこだわり、自分でも慣れたけど、その辺が典型的B型と言われる所以かな。

 

気づけば周りにB型だらけということがよくある。

血液型で人を判断するなと怒る人もたまにいるけど、あまりに多いと気になるんだな。

 

*

 

好きなことや好きなものはなに?と聞かれたら、数えきれないし

たまに、好きなことだけして暮らせたらいいなあって思うけど、命が足りない気がしてくる(笑)

本、雑誌、漫画、音楽、自然、洋裁、料理、美容、ファッション

 

本は1人で黙々と読んでいられるから手っ取り早いけど、同じものが好きな人と、それについて話したりする時間も好きなことの1つだったりして

つまり同じような本が好きな人とそれについて話すことも好きなことだったりする。

 

限られた時間の中で、好きなことのうちのどれかに絞るとなったら

同じ趣味の人とのお喋りは選ぶだろうなと思う。

 

時間を共有して、時に熱く時に淡々とお喋りすること。

ライブがいちばん。

 

Better LIVE tnad dead

 

ネットでいろいろ発信したり交流すること、私にとっても日課のよーになっているけど

会ってお喋りすることにはかなわない。とは思ってる。

 

これだけ便利な時代、オンラインで済ませずに、わざわざ会おうとしたりされたりすることが、生きがいなのかもしれません。

いつもありがとう。

| 日常 | 22:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
all I need

あたし誰かに必要とされてる!って思いこんでる時は、必要とされたくて生きていたから


必要だよ!って言われないと不安になっちゃってもうダメ。という感じだった。


いつの話だか覚えてすらいないけれども。


今は勝手に、手足口が動いてやりたいことやってる。

やりたいことが多すぎて、欲張りなんじゃないかと思うことも多々あるけれども

必要とされてるかどうかは考えない。


今月から平日少し帰りが遅くなって、それを理由に子どもたちを学童に行かせてみたらお友達と遊べると言ってとても喜んでいて


「私たちがいるんだから預けなくったって…」「あなた今忙しいんだからお迎えくらい行くわよ」とやさしい義母に言われても

子どもたちにはお友達とも遊んでほしいし、忙しいからこそお迎えくらいは行きたいのだ。





一緒に歩けるのは今だけでしょう?


まだまだ暗い午後6時。

くっきりはっきりした月を眺めて「きれいだね」と言いながら帰る。

6時が暗いのはいつまでだろう?

朝の6時だって、ぼちぼち明るくなってる。


時折日の出に合わせて出かけるけど、暗い朝に川べりをはだしで歩く私たちを止める人は誰もいないよね。




夕方6時だと止められるような気がする。


ほとんど誰もいない時間に静かに歩くのが良い。

素の自分でいられる時間が今はとても大切。

素でいられないときは、猛ダッシュで逃げてしまう。

大人だから、迷惑をかけない程度にね。

| 日常 | 22:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
lust for life/愛がなくちゃね。

月の満ち欠けに、とっても身体が影響を受ける。

たまにどうにも動けなくなる時もあって、やだなーやだなーと思っていたのだけれど

なんでいやなんだろ?動けないなら動かなければいいんだわと気が付いた最近

動より静のヨガを深めてみたりして、それがすごく良かった。

動く瞑想。身体の流れをじっくり感じる。心の奥底の静けさを味わう。

見失いかけていた、自分のゆるぎない想いが見えてくる。

押し殺していたつもりなんかなかったのに、勝手に隠れてしまっていた本心を引っ張り出して向き合ったら、そこには愛しかなかった。

ただの情と愛情は別物なのだ。情は時に本音を見えなくする。そして私を傲慢にする。

 

 

我慢は体に良くない。ってよく聞くけど、どう良くないんだろうなーって思ってた数年前。

どれだけ心と体を壊しても、ストレスという言葉の意味がわかっていなかった20代の頃の話。

生きていること自体がストレスだったから、人生においてストレスじゃないことなど、ひとつもなかったのだ。

 

ただ、どんな時でも音楽だけは私を救ってくれた。

 

I've been hurting since I bought the
gimmick
About something called love
Yeah, something called love

 

Iggy Pop - Lust For Life

 

トレインスポッティングなつかしいな。

 

数日前に子どもたちが寝たあと、気の触れたよーなインディーノイズロックばっかり居間で垂れ流してたら

遅く帰ってきた夫に、この時間のために、BOSEのスピーカーつけたの?って夫に尋ねられましたが。

あんただって!うるさいの聴いてんじゃん!って思いつつ、人としてひどいかひどくないかで言ったら私の聴いてるものの方がひどいので、黙っておきました。

天井付けにしたBOSEのスピーカーは、主にinter FMのReady!Steasy!George!という番組を聴くために用意されました。

 

ここに貼ってるのは、ひどくない音。笑

 

すんごい好きだったお友達のバンド。元気かーい?

元気かーい?パート2

ラストライブ良かったな。

 

| 日常 | 23:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
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