スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - |
【0日目】ヴィパッサナー瞑想センターでの日々

瞑想修行の内容を記すということに意味があるのか、数日間考えてみましたが、おそらくあまり無いように思います(笑)
瞑想で体験することは個人的なもので、人それぞれに違う体験をするものだと思うからです。
言葉で説明することがあまりに難しいので、瞑想中に何を体験したのかは、書けないと思います。しかも個人的なことばかり書くつもりでいます…。
それでも、ひとりでも多くの方が興味を持ち、この素晴らしい修行を経験されることを願って、大まかな記録を残すことにします。

* * * * * * * * 


リラヨガに通い始めて「ヴィパッサナー瞑想」を知りました。興味を持って本を読んでみたりしたものの、京都と千葉にある瞑想センターに行くと10日間滞在しなければならないと知り、子どもを置いて行くことはできない、と諦めていました。絶対無理、そう思っていました。

ところが、昨年ちょっとしたストレスをためこんでしまっていた時期に、いつも相談に乗ってくださる師匠から「早くヴィパッサナーに行けるといいんだけどね」と言われたのをきっかけに気になり始め、私の中でヴィパッサナー行きが現実味を帯びてきました。
日程を調べると、12/23〜1/3のコースだったら、家族への負担を最低限にできそうでした。
でも、クリスマス、年末年始に幼児を置いて瞑想修行に行きたいと…家族に相談する勇気がなかなか出ませんでした。
おずおずと夫に相談してみたら、あっさり「いいんじゃない」「いつか行かなきゃならないんなら、早いほうがいいんじゃない」とOKが出ました。いちばん負担がのしかかる義母も、快く子どもたちを預かってくれるとのこと。

信じられないような気持ちで、申し込みをしました。京都の方が、人気がある…などの噂は聞きましたが、少しでも近いほうが良いと思って、千葉にしました。
年末コースは人気があると聞いたので、申し込みが始まったその日の0時ちょうどに張り切ってオンラインで申し込みました。
ところが、過去の病歴に「鬱病」と書いたがために、瞑想センターから「現在の状況を教えてください」というメールが来ました。返信するのに半日時間を置いてしまったら、キャンセル待ちになってしまいました。
ちょっとがっかり。でも、まだ私には早かったのかも。そう思って諦めていました。
ところが、ヴィパッサナーの修行をしたという人が次から次に私の周りに現れるのです。「すごく良かった」皆が口々に言います。行きたかったなー。
職場近くのタイ料理屋さんでお会いした初対面の店員さんまで、ヴィパッサナー良かったっすよ!と…
その時私は、でももうコースの1週間前だし、キャンセル出たって連絡来ないから諦めるわ。と言っていました。

そして12/23、コース開始日の朝9時前。妖怪ウォッチの映画を観にいくつもりで準備しているところに「キャンセルが出ました」とセンターから電話…
「どうしよう」「無理だろう」「ですよね。でも…」「え、ちょっとでも行きたいなら行っとけば?」「いいの?」「とりあえず親に確認したら」「はい」
夫と短いやり取りをして、参加を決意。
各方面に連絡をし終えて、慌しく準備をして、部屋着や下着を詰め込んで出発。
夫と子ども達が新宿まで見送ってくれると言う。地元のお寿司屋さんでランチをして、小田急線に乗り込みました。
新宿駅の改札で「お正月には帰るから」と子どもたちに念を押すと「おしょうがつって?」と聞かれる。そこでハッとしました。
「ちょっと長い間」とか「10日間」とか伝えたけど、子どもたちはそれがどのくらいの長さなのかわかっていないのかも。
大丈夫かな。少し不安になりながら総武線に乗り込みました。

茂原駅に着くと、バスの時間まで余裕があったので、センターからのメールを読み返して持ち物チェック。
懐中電灯と目覚まし時計を忘れた…
起きられなかったらまずいよね!時計買わなきゃ!と思い、構内をうろうろしてみたら、100円ショップ発見。よかったー。
懐中電灯もある。電池も買って、一安心。
バス停には行列ができていました。みんなトランクや大きなリュックで来てる。私はポーターのトートバッグとショルダーバッグ、それに紙袋。あきらかに浮いている…
ギュウギュウ詰めのバスを降りるとき、大きいお札しかないことに気付く。500円か1000円じゃないとダメ、と運転手さんに怒られ、同乗していた初対面の方に500円を貸してもらう羽目に…でも瞑想センターではお財布使わないし、帰るまでに返せない。
運転手さんに全部500円玉で良いので、と懇願してお釣りをもらい、お返ししました…
今後ここに行く人は、500円玉を持って行きましょう…

センターに着いて、指示されたベッドに荷物を置く。50cmくらいの間隔をあけて、ベッドが並んでいました。
センターの概要や施設についての説明を受け、夕食(ひよこまめの美味しいベジカレー)をいただいて「聖なる沈黙」の開始。
ここから10日目の朝まで、一切の会話が禁止されます。
その日の夜から、瞑想ホールでの修行開始。寝る前に洗顔をしに行ったら、昼間とは比べ物にならないくらい寒くて凍えそうになりました。
5本指ソックスに裏起毛のタイツを重ね、さらに毛糸の靴下を履き、裏起毛スウェットパンツ、発熱インナー、ニット、裏起毛スウェットパーカー、さらにフリースジャケット。少しでも外を歩くときは手袋。これがコース中の基本スタイル。

修行1日目(センターに着いた日は0日目とカウントします)の早朝4時、大地も雑草も物干し竿についた夜露も凍っていて、洗顔したらまつげの先が一瞬凍りました。次の日から、早朝だけ裏起毛スウェットパンツを2枚重ねることにしました。着膨れてもこもこです。

…つづく

| ヴィパッサナー瞑想 | 23:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
【1日目〜4日目朝】ヴィパッサナー瞑想センターでの日々
さて1日目。
まつげも凍る早朝4時(草木も眠る丑三つ時、みたいなイメージでね!)、星が美しくて、それはもう何というかなぜか絶望しそうになるくらい美しくて、首が痛くなるくらい空を見上げてしまいました。ド近眼の私でも6等星くらいまで見えんじゃないか?!と思いました。
※実際には裸眼だとオリオン座すら把握できない(視力0.03)。

4:30-6:30、ホールで瞑想。眠い…
6:30から朝食。玄米、白米、梅干、味噌、ごま、トースト、プルーンのジャム、バターなどセルフで好きなだけいただくスタイル。でも「アパリグラハ(不貪)」が脳裏をかすめ、おのずと遠慮がちになるものですね。
沈黙の中、食べることに集中します。「食べる瞑想」アーユルヴェーダで教わった言葉を思い出しました。

食事の時間とティータイムには、紅茶、ほうじちゃ、インスタントコーヒー、牛乳、豆乳が飲めます。すりおろした生姜ときび砂糖も置いてあって、うれしい。
最終日まで、日に3回生姜紅茶をいただきました。だって外は極寒。日中は上着の要らない日さえありましたが、何しろシャワー室が寒い…毎回気が遠くなるくらい寒かったのです。生姜で温めまくりました。
(気温10度無い中、シャワー中に故障でガスが止まりお湯が出なくなった時は、もうダメだ…と思いました!そして5年前、産後3日目に病院のシャワー室で貧血を起こして倒れた時のことを思い出しました。あの日もナースコールのボタンがなくて、猛烈な寒気と薄れる意識の中ここで死ぬのかなと思ったものです。)
3日目くらいからは蜂蜜も登場。
昼食は、玄米、白米と野菜のおかず。スープが出ることもありました。
夕食は出ません。17:00のティータイムで果物をいただきます。バナナやみかんと、りんご1個。りんごは自分でカット。とてもおいしいりんごでした。ポップコーンも毎日ありました。
部屋では、水筒に入れた白湯を飲みました。出発当日に、水筒があった方が良いと教えてくれたリラヨガSちゃんに感謝です!

食事の時間以外は日がな一日、瞑想です。
1日〜4日目の朝までは、呼吸に集中するための練習を行います。これが辛かったのです。子ども達のことばかりが頭に浮かび、まったく集中できなくなり、4日目に心がポッキリ折れました。
帰りたい、と思いました。休み時間になると、小高い丘の上にあるセンターの庭から、駅に続く道をボーっと見下ろしました。子ども達が、お母さんに会いたいと泣いているのではないか。たまりかねて、夫とともに迎えに来るのではないか。ピンクと水色の派手な色の上着を来た小さな2人がこちらに向かって走ってくるような気がして、いつまでもその道を眺めていました。


誰とも喋らず1日中座っていることと、ベッドリネンのにおいは、5年前、娘を妊娠している時に長期入院したことを思い出させます。あの時、1歳の息子は泣きもせずに義母と暮らしていて、私が退院したその日に人生初の熱を出した。私の帰りを待っていたかのように。
その1年後、私が入院していた病院の面会受付の入口を訪れる機会があり、そこで息子がパニックを起こしたのです。また私が病院から帰ってこなくなる。そう思った息子が、見たことも無いくらい激しく泣いて暴れたのです。
たった2歳なのに、1年前の悲しい記憶が消えないなんて。
何も知らずににこにこしている1歳の娘を夫に託し、
息子と私は泣きながら家に帰りました。
そのことがあるから、今回の私の長期不在に際して、息子の様子を特に注意して見てほしい、よくケアしてほしいと、家族に伝えるのを忘れて来てしまったことに気がついて、心臓がばくばくと高鳴り過呼吸のようになりました。まったく集中できなくなりました。
やはり私はダメな母親なんだ。いつも子どもを傷つけてしまう。病気ばかりして、子ども達にガマンばかりさせてきた、ダメな母。今も息子が泣いているかもしれない。でもどうか誰も叱らないでほしい。今はそれを伝えることもできない。なんで伝えてこなかったんだ!考えだしたら止まりません。

修行中は沈黙を守りますが、先生に質問できる時間はあります。
集中できない、と先生に訴えました。先生は、集中する方法をもう一度教えてくださいました。
置いてきた子どものことが…と言いかけたら、涙がボロボロと溢れてしまいました。
「涙が出るときは泣いても良いのです」「呼吸を観察しながら泣きましょう」
「当日に参加を決めて駆け込んだせいか、やはり心の準備が足りなかったかもしれない。10日もここにいられる自信がない」と訴えると、優しく言葉をかけてくださいました。その内容は、まさにヨガの教えでした。
また私はボロボロ泣き「がんばります」と伝えて部屋に戻りました。寒くてフリースジャケットのポケットに手を突っ込んだら、ピンク色の、娘のヘアゴムが出てきました。また涙が止まらなくなりました。

つづく
| ヴィパッサナー瞑想 | 23:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
【4日目〜8日目】ヴィパッサナー瞑想センターでの日々

4日目、「子どもの顔が浮かんで集中できない」と泣く私に、先生は言いました。

「偶然にここへ来る人はいないということ、誰もが最良のタイミングで、呼ばれるようにここに来るのです。だから、準備不足と自分を責める必要は無いのです」
「最後の日に、メッター・バーバナという瞑想を教わります。それは愛と慈しみの瞑想です」
「この10日間も、お子さんに対してひどいことをしていると思わないでください。今後一生をかけてお子さんに愛と慈しみを与えられる、それは母親としてとても幸せなことです」

「この10日間も」それは「あの5週間も」を意味しているのではと気付きました。
長期入院で息子にかわいそうなことをした。そう思うことで、娘の出産を手放しに喜べなくて、娘にもかわいそうなことをした。
ずっと、そんな罪悪感を背負って子どもたちに接してきました。
「何が何でも子どもと一緒にいなければ」「良い母親でいなければ」の重圧に押しつぶされて心を病みました。
仕事に、ヨガに没頭する時間をもらえるようになると、私は子どもたちと過ごす時間がつらいと思っているのか?子どもたちを大切にしていないのではないか?と思うようになり、罪悪感が消えることはありませんでした。
でも、離れてみたらこんなにも子どもたちのことばかり考えているのです。
罪の意識ではなくて、ただ愛を持って育てればよかったのに。ずっと、愛はあったのだと気がついて、また涙がこぼれました。
そのことに気付くために、ここに来たのだと思いました。
そしてここへ来て初めて、子ども以外の恩人、夫や師匠、仲間の顔が浮かびました。
「何か頭に浮かんでも、追いかけてはいけない。BGMのように流しておくだけ」なので、色々なことを考えないように努めました。
昼休みにまた駅へ続く道を眺めました。最後までやり遂げようと決意して、瞑想ホールへ向かいました。

集中を高める修行を終えて、ヴィパッサナー瞑想を教わり始めました。
はじめ、それはとても心地のよいものでした。すかさずゴエンカ氏から「心地よさに酔いしれてはいけない」と注意が入ります。読まれてる??
段階を追って、このヴィパッサナー瞑想の完成へ向けての指導が行われます。
「懸命に修行しなさい、必ず成功します」何度もゴエンカ氏から声がかかります(録音)。
日を追うごとに、自分の内側の深い部分に入り込んでいくのがわかります。

6日目に冷たい雨が降り、青空が見えずに気持ちが塞ぎました。瞑想中にまた子どもたちの顔が浮かんで、涙がこぼれました。
ヨガをしたいと思いました。ヨガのアーサナをやるための充分な場所がないからやらないようにと言われていましたが…見渡す限り場所だらけです(笑)。
目立たないように、ベッドの隙間(40cmくらい…)で立位のポーズを行いました。霧が晴れるようにすっきりしました。
少しだけ後屈のポーズも行いました。だいぶ前向きな気持ちが生まれました。なんとか、持ち越しました。
翌日もまた、ヨガをしました。雨のあがった広大な庭で、テントを乗せる台をお借りして深いバックベンド。人目を盗んで、休み時間にヘッドスタンドも。スッとバランスが整います。

7日目の瞑想中、身体の一部に激しい痛みが起こり叫びそうになりました。
「不快な感覚に、嫌悪を抱いてはいけない」また注意が入ります。
かなりの痛みを経験しましたが、この日の夜、また心地よさが訪れて安心しました。
でも、心地よさを求めてはいけないのね。と自分に言い聞かせるほどに、だいぶ学習してきました。

毎日、19:00から20:30まで、ゴエンカ氏の講話(録音)を聞きます。
ジョークや面白いたとえ話が盛りだくさんで、飽きません。
毎日「○日目が終わりました」と始まるのですが、8日目が終わったときには「わぁー」と思いました。
あと1日座れば、10日目の朝には沈黙が解かれるのです。きっと、喋っていれば1日なんてあっという間に過ぎる。そうすれば、その翌日には家に帰れるんだ。にわかに、集中力が増してきました。

つづく

| ヴィパッサナー瞑想 | 23:36 | comments(0) | trackbacks(0) |
【9日目〜帰宅】ヴィパッサナー瞑想センターでの日々

修行が始まって間もない頃は、スカアーサナ(安楽座)で座っていられるのはせいぜい20分くらいでした。
激しくしびれて休み時間になっても立てない、などのピンチも経験しましたが、1日に10時間以上も座り続けていれば慣れるしかないというもので、中盤からは何時間でも座っていられる!くらいになっていました。

9日目の朝、それはもうすがすがしい気持ちでした。修行は、あと1日だけ。
それに、その日は元旦でした。もともと、センターの周りは車も人通りもありませんが、それでも元旦特有の、世間の静けさを感じました。午後の早い時間には雪が降って、それはそれは幻想的でした。
瞑想の時間でしたが、トイレに向かおうとホールを出た途端に振り出したのです。ほかにもちらほら、外に出ていた無言の修行者たちが、足を止めて「ほう…」と天を見上げる元日の午後。
そしてもうすぐ満月。玄米と野菜だけで過ごしたあとの身体は、満月が近いとは思えないくらいとても軽くて、最高のデトックス修行になったな、と思いました。
センターに着いた日は、脳が腫れているような倦怠感があり、頭がボーっとしていたのです。携帯の電源を切る直前に「新月かも!」と気がついて、アプリでチェック。前日の12/22が新月でした。

新しいことを始めるのに最適な新月。その翌日から修行を始めて、帰宅したら2日で満月。良い流れです。

朝食に、野菜のお雑煮が出ました。小さなお餅入り。昼食にはココナッツのお汁粉も!紅白のお団子も並んでいて、かわいい。
だんだんとおかずも増えて、日常に戻るための練習かしら?と思いました。
修行最終日の朝食後に、メッター・バーバナ(愛と慈しみの瞑想)を教わりました。そして「聖なる沈黙」が解かれて、おしゃべりの時間を与えられました。昼食のカレー(高野豆腐入り)をいただきながら、たくさんの方とお喋り。
明日の朝はタクシーを呼んで、駅まで一緒に行きましょう!と声をかけていただき、いよいよ帰宅できるのだとほっとしました。
乾燥してボロボロになった爪を整えたり、コンタクトレンズに目を慣れさせたり。社会に出る準備を整えました。

最終日、最後の瞑想を終えて、掃除をしました。
私の担当は「ミニ瞑想ホール」
修行中、一度も耳にしなかったその名前。どこにあるんだろう?
ボランティアの方に場所を教えていただき、向かってみると、ホールと言うにはあまりにも小さな建物でした。
「昔はここで瞑想してたのよ」と教えられました。
せいぜい6人くらいしか座れないくらいのスペース。
すきま風と床からの冷気でとっても寒い和風の部屋。アルミシートの上にゴザが敷いてあり、男女の仕切りはあるものの、半ば物置と化しているようでした。
これが、なんだかとてつもない「気」の溢れる場所だったのです。
今回の修行中も、英語での講話を聞く方が、使っていたとのこと。イギリスからの留学生のRちゃんと一緒にお掃除しました。

私達が10日間を過ごした大きな瞑想ホールは60人が座っても余りある、体育館のような広さ。たくさんの人の想いがそこに溢れ、静かながらも壮大な宇宙を感じました。
対してこのミニホールは、時が止まっているような佇まい。寝袋やテントなど、生活感のあるものの置き場所になっているようでしたが、動きはまったく感じられず、漂うのはただ静けさばかり。この静謐さは…なんとなく「墓地」に漂う穏やかな静けさだと思いました。
その部屋は、多くの人に忘れ去られることをものともせずに、凛としているように感じました。
丁寧に掃除をしていると、迎えのタクシーが来る時間が近づきました。

記念写真を撮る人などいません。
ただ静かにセンターに別れを告げて、駅に向かいました。
タクシーで相乗りしてくれた方とお喋りしながら、新宿へ。
都会の喧騒は、ちょうど良いリハビリになりました。ミロードで早めのランチをゆっくりいただいて家に帰り、片付けをしてから車で子どもたちのいる夫の実家へ。
(※几帳面な夫のおかげで、私がいる時よりも家がピカピカになっていました)

あれだけ心配していた子どもたちは、私が10日ぶりに帰宅しても玄関に飛び出して来ることもなく、夫の実家でいとこ達と楽しい日々を過ごしていました。「ただいま!」と言っても誰も気付かず、迎えに来ません…
そして開口一番、息子に「あ、おかあさん!今から西友行くの!来る?」と言われました(笑)
まるで昨日も一緒に過ごしていたかのように。

娘は、私と離れるのが
初めてのことで、さすがに心配だったようです。
私が自宅で寝た形跡がないことを確かめ「どこで寝てたの?」
「千葉県だよ」と言うと「何食べたの?」「車で行ったの?」「お布団あったの?」と質問攻めに合いました。
また、今まで、あっちに転がりこっちに転がり寝相が悪かったのに、私にぴったりとくっついて寝るようになり、出かけた先でもやたらと私にまとわりついて話しかけてきます。これまで、夫にベッタリだったのに。

息子は「さみしくなかったよ!お正月に帰るって言ったから」
私が帰ってくると、信じて待っていたようです。

当たり前のように、いつもの日常生活が始まりました。
愛と慈しみを置き去りにしないように、千葉での日々を思い出しながら。
またいつか行けたらいいな。今度は子どもたちと一緒に。

あの場所で出会った皆様、応援・協力してくれた家族、素晴らしい経験を、そしてそのきっかけを与えてくださったすべての方に感謝の気持ちを込めて。


Om Shanti.

| ヴィパッサナー瞑想 | 00:12 | comments(2) | trackbacks(0) |
| 1/1PAGES |
SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENT
LINKS
PROFILE
OTHERS